スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

☆ブログランキングに参加しています☆
押していただけると、とっても嬉しいです

FC2ブログランキング

続・詩歌の待ち伏せ―北村 薫 

続・詩歌の待ち伏せ続・詩歌の待ち伏せ
(2005/04)
北村 薫

商品詳細を見る

私は国語が大嫌いでした。
小学生の時の先生によく「貴方の解答は意訳が多すぎる。自分勝手に解釈しないでもっと授業を真面目に聞いて答えなさい」と叱られていたからです。
意訳の意味なんて知らなかったのに言葉を覚えているので、よっぽど何度も叱られてたみたいです(笑)
意味を今改めて調べると「原文の文法や単語にとらわれずに、意味するところ、意図するところを再現する翻訳の手法」とあります。
私の解答は、言語が異なるぐらいかけ離れていたらしいです。


この本は、外国の詩の翻訳や、和歌の現代語訳についての北村先生の国語の授業であり、先生が文学の謎を推理する文学推理小説でもあります。(勝手に断言)

例えば、冒頭ではジャック・プレヴェールというフランスの詩人の「朝の食事」という詩の翻訳を5人並べ、様々なエピソードや文献を紐解いて述べ、また、堀口大學が漱石碑を訪問した時の紀行文の勘違いが、なぜ起こったかを鮮やかに推理したりします。
「六の宮の姫君」を思い出します。先生は文学探偵ですね。

また、訳についてこう述べています。


前の和歌をAとし、後の訳詩をBとするなら、AとBは合同ではあり得ません。《僕》や《あなた》が、この世にもう一人いないのと同じことです。それぞれに唯一無二のものです。――しかし、AとBは内に相似の部分を含むわけです。
こういう点から、詩は訳せないともいわれるわけです。しかし、考えれば世の中で一番多く行われている《翻訳》は、その先にあります。いうまでもない。《読む》という行為がそれです。Aであれ、Bであれ、読者の頭に浮かぶのは、実は合同のAやBではありません。読者、それぞれによって変形されたCなのです。
同じ人物が読んでさえ、年齢や境遇によって、対象Aは、Cのままではいません。DともEともなります。価値あるものが理解できなかったり、逆に新しい見方で作品に価値を加えたりするのです。



あの時、先生がそう言ってくれたら、少しは国語が好きだったのかな。
そんな仕様もない事が頭を過ぎりましたが、今はとにかく自分のCを大切にして、みなさんのDやEを楽しもうと思っています。
せっかくブログや「本を読む人々。」のようなツールがあるのですから。

と、言うわけで同じ本を読まれた皆さま、トラックバックやコメントお待ちしております♪

スポンサーサイト

☆ブログランキングに参加しています☆
押していただけると、とっても嬉しいです

FC2ブログランキング

コメント

北村さんって国語の教師をされてたんでしたっけ?
ここで引用している文章、いいですねぇ。
たしかに、DやEと出あえる機会が増えたのが、ネットのいいところですよね。
自分と違う意見を読むのは、楽しいものです。

花梨さんは、想像力が豊かなんでしょうね。
わたしなら、意訳する子がいたら「おっ、おもしろいな」と思うだろうな。

コメントありがとうございます

そうですそうです、北村先生は高校の国語の先生でした。
そのせいか、どうも先生と言ってしまいます。
この文章長いので引用するかどうか悩みましたが、どうしても削れなくて・・・。

今思うと、学校の勉強なんだから好き勝手答えてたら怒られるのは当然なんですよね(笑)

こんにちは。

花梨さん、こんにちは。
この本には手を出していなかったので興味深く読ませていただきました。
何か凄く面白そうじゃないですか!ちょっと堅苦しそうかなと思っていたのですが……興味がわいてきました。読みたいリストにメモっておきます。

はじめまして♪

phinさん、こんにちは!
コメントありがとうございます。
『興味がわいた』と言っていただけてすごく嬉しいです!

私も難しいかなぁと思って読んでいなかったのですが、とっても面白かったですよ。
確かに国語の授業受けてるみたいでしたけど(笑)
北村先生はユーモアたっぷりで、学生時代にこんな授業受けたかったです。

こんな辺鄙な所ですが、良かったらまた遊びに来てくださいe-466

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://arazomef4987d.blog118.fc2.com/tb.php/49-4cd023e3

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。